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表玄の80年の歩み

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~ 表玄80年のあゆみ ~

表玄は、昭和9年に京都に美術店を創業し、80余年の歴史があります。

表玄の初代の皐月鶴翁は、大正時代末から昭和の初めに南画家としても
活躍した京都の絵師で、代表作には、石庭で有名な龍安寺(京都市北区)
に「龍図」の襖絵が納められています。龍安寺を訪れる機会があればぜひ
ご覧いただきたいと思います。

昭和10年代に2代目の皐月良一が美術店を引き継ぎ、
京都の賀茂川・出雲路橋のたもとに店を出し、本格的に表具店を営みました。
昭和20年代には京都御所の蛤御門に近い上京区に店を移転して、
『京表具表玄』を掲げ以来、
京都にゆかりのある日本画作家を中心に掛軸や額装を手掛けるようになりました。

池田遙邨先生の晩年の日展出品作は表玄が手掛け、
100号の大作をセダンの車の屋根に固定させて運んだという逸話が残っています。
京都の北山で炭焼き珈琲をたしなむことを日課とし、日々作家とともに
近代額装の機能やデザイン性を追求。今日の礎を完成させました。
この他、印象先生が亡くなられた際は、形見分けをいただくなど
多くの京都作家にご縁とご愛顧をいただきました。
熊谷守一先生からは、世話になったお礼にと屋号の『表玄』の書をいただき、
以来、店宝として掲げて参りました。

3代目へ引き継がれた現在も『京表具皐月表玄』として、棟方志功や京都画壇の作品を手掛けています。
隆盛期には、表玄の作業場兼アトリエに全国から表具の修行に来た奉公人5人が住み込みで勤めていました。
真夏でも糊を炊く暑い作業や冬場でも暖房なしの寒い作業をはじめ、作業場での寝泊まりも日常など
厳しい環境ではありましたが、京都の伝統を支える職人魂をもって、それぞれが巣立っていきました。

「表玄」の店名は、『表具の玄人(プロ)』
としての心意を表しており屋号の看板は
初代の皐月鶴翁による堂々とした書を
用いています。

これまでの個人店から脱皮して、昭和39年に株式会社として法人化したのを機に、表具の仕立ての傍らで、
作家の依頼による絵画の販売を始め、百貨店美術部と協同で本格的に企画展を開催するようになります。
時の高度経済成長期の波にのり、関西を中心とした絵画販売の業績も順調に伸ばしていきました。
そして平成3年、表装部門(京都)と画廊部門(東京)を正式に分社化し、銀座6丁目(現在地)に画廊を
開店致しました。
「京都の表玄さんは表具の仕立て、東京の表玄さんは絵画を販売する画廊」が内外で浸透していきました。
開店当時より、数ある銀座の画廊の中で、京都の作家や京都色を全面に打ち出す画廊を特徴とし、竹内栖鳳
上村松園、堂本印象など京都画壇の扱いでは銀座でも一目置かれるようになりました。
現在も、京都ゆかりの作品の問い合わせはまず表玄に相談が入るほどです。

また東京では、画廊の業務以外にも、全国の美術商(主要300社以上)
が集う市場交換会を発足し、現在も毎月24日に東京美術倶楽部(港区)
にて交換会を催しております。
昭和61年の発足以来30余年となり、
特に大会では、扱い数・金額は出来高日本一の規模を誇ります。
交換会と合わせて、一般のお客様も登録すればだれでも参加できる公開オークションの開催準備にも
力をいれ、銀座の数社の画廊と共同で出資してオークション会社を設立しました。

折しも、日本が好景気に沸いていた
平成2年の初回「近代美術のオークション」(帝国ホテルにて開催)
では出来高が50億をこえ、当時は、美術業界のみならず
全国で話題になりました。
この美術品オークション会社は、平成17年にJQS上場をはたすことが
できました。
「ゴッホの絵1万円が6600万円に!」や「劉生の麗子が3億6千に」など話題になったこともありました。

現在は、百貨店での企画販売も全国へ拡大し、美術販売の協力店・提携関係も積極的に広めております。
美術業界の各団体にも加盟し、日本国内の美術品の流通に幅広く貢献させていただいております。

銀座の画廊店内は、京大工の手による京壁と北山杉をあしらった床の間があり、
銀座にいながら京都の風情を満喫できるように設計。1間半の床の間の脇には、
備前の花器に季節の茶花をあしらい、作品をゆっくり鑑賞いただけます。
常設の横山大観ら日本画の他、梅原龍三郎らの洋画も合わせ、
近代絵画の名品を取り扱っています。
銀座の名に恥じない、お客様に最高のサービスを提供できる画廊でありたいと日々精進を重ねております。

ところで創業家の「皐月」の姓は、全国的にも非常に珍しい姓で、
時のワイドショー「小川宏ショー」にも取り上げられ、ゲスト出演したことがありました。